指点字は、盲ろう者(視聴覚二重障害者)同士、および盲ろう者と非盲ろう者の間でのコミュニケーション手段の一つです。

福島智さん(現東京大学教授・盲ろう者)のお母さんが、ふとしたきっかけで思いつかれたものです。

それ以前にも、静岡県富士市の野村康雄さん(盲ろう者)が、すでに指点字を使われていたことが、後になってわかりましたが、実際に指点字が世に知られるようになるきっかけを作ったのは福島さんだと言っていいでしょう。

詳しくは、『指で聴く〜盲ろう青年福島智君の記録〜』(福島智君とともに歩む会、小島純郎・塩谷治編著、シリーズ市民の活動2、松籟社1988年5月20日。

点字版は、東京ヘレンケラー協会点字出版局1988年11月1日)をご覧ください。

指点字は、読み手の左右3本ずつの指(人差し指・中指・薬指)を、点字タイプライターの6つのキーに見立てて点字を打つものです。

この指点字が少しでも迅速に伝えられるよう、頻出度・打ちやすさ・読み取りやすさ・覚えやすさなどを考慮して作られたのが「指点字略字」です。

同じ単語を打つのに、略字を使うと打つ回数が少なくて済みます。

なお、点字タイプライターには、パーキンス(アポロ)ブレイラー法式とライトブレイラー法式の2種類の指使いがありますが、指点字では前者が主流になっています。

福島智さんが東京都立大学の学生だったころ、何人かでローテ−ションを組んで、授業の通訳に当たりました。

私も、その中の一人でした。

しかし、授業の進み方が速く、それを忠実に伝える(通訳する)のは大変なことでした。

スタッフの中でも指点字を打つのが遅い方だった私にとっては、特にそうでした。

そこで、通訳しながら「略字」を作っていきました。

そんなわけで、略字の中には、日常的には使われることの少ない、学生用語や学術用語がたくさん入っています。ここでは、それらに「*」を付けてあります。

つまり、略字は、切実な必要性から自然発生的にできたものなのです。

このように、初めのうちは、場当たり的に急いで作っていったので、規則性らしいものはありませんでしたが、途中からは、なるべくそれを考慮して作るようにしたつもりです。

1度定着した略字はそのまま変えずに、後から作った規則性にそれらを当てはめていったので、規則性はかなり希薄なものになってはいますが。

この略字は、上記の『指で聴く〜盲ろう青年福島智君の記録〜』の付録として収録されている「参考資料4」に基づいています。

これに若干の修正を加えたのが『通訳における略字の解説、改訂版』(1988年8月、点字版のみ。

点字入力は白井康晴)です。

そして、「もっとわかりやすく解説したものが欲しい」というご要望に応え、新たに書き直したものをホームページに載せることにしました。

年月が過ぎるにつれ、前置符(後述)ごとの規則性や、意味の上で共通性があったり似通った使い方をする言葉に同じ前置符が当てられていることなどが忘れられて、覚えるのが難しくなったり、活用語を活かす応用のしかたがまちまちになったりして、略字が乱れていくのを防ぐことにも役立てばと思います。

プリントアウトして使っていただくのにも便利だと思います。点字版の冊子も作る予定です。

ご希望の方はご連絡ください。

ここでは、前置符ごとの規則性や、なぜそのような点の配列にしたかなどを記すことにより、略字を覚えようとする人たちの便宜をはかりました。

また、略字同士の関係をわかりやすくするため、同じ前置符を持つ略字で、意味の上で関連性のあるもの同士を、グループ別に示してあります。また、実際の応用のしかたも示してあります。

さらに、日常的にはあまり使われない言葉に「*」を付けることにより、略字初心者と、そうでない人のために、覚える際の優先順位を示してあります。

まず「*」の付かないものを覚え、さらに余力があって、その必要性のある方は、「*」の付いたものに移ってください。

音声や点字ディスプレーで読まれる方のためには、次のような考慮をしました。

何度もカーソルを送らなくても目的の文字にたどりついて詳細読みができるように、また、無駄な発声に費やされる時間を節約するために、略字表の中の項目と項目の間のスペースやつなぎ符は最低限にとどめました。

・文中の段落がわかるよう、段落ごとに1行空けました。

・ 表中の注釈は、それとわかるよう( )でくくりました。 略字は全部で265個あります。このうち*の付いているものは106個です。

略字に採用した言葉は、学生用語・学術用語以外では、日常的によく聞かれる言葉や盲ろう者関係の言葉の中から、頻出度の高さ、音数の多さなどを優先して選んだものです。

略字は、まだあまり普及していないので、盲ろう者・非盲ろう者ともに、略字を打ったり読み取ったりできる人はわずかです。

略字を使う際には、相手が略字をどの程度知っているか確かめてからにしてください。いずれにしても略字は、それを使わなければならないような場面以外では、読み取り手からの希望がないかぎり使わない方が無難でしょう。

略字は、指点字だけでなく、私的な点字メモに使って、時間とスペースを節約することもできます。

ただし、公的な文書にまで使ってしまわないよう、くれぐれもご注意ください(私自身の失敗した体験から)。

ご意見・ご質問などありましたら、塩谷までお寄せください。

〈裏話その1〉

 福島さんが都立大の学生だったとき、1年先輩に村田さんという人がいて、彼の名前が頻繁に話の中に出てきたので、「村田」という略字を作りました。

もちろん「福島」は、すでに略字化されていました。しかし、福島さん以外の盲ろう者の中にも略字を使う人が出始めたので、「村田」を略字から削除しようということになりました。

そうすると、「む」の付く言葉の略字が空席になるので、何か「む」の付く言葉で適当なものはないかと、みんなで考えたのですが、なぜか「矛盾」・「難しい」・「空しい」、果ては「無味乾燥」・・・と、ろくな言葉が挙がってきませんでした。

今から思えば、むりやり席を埋めなくても、そのまま空席にしておいてもよかったのですが、結局、学生言葉の「矛盾」に落ち着いてしまいました。

村田さんに結果報告をしたところ、「どうして村田のあとがまが矛盾なんだ。

どうせ僕は矛盾だらけの人間ですよ。」といじけたので、みんな爆笑となりました。

これは、今でも語り草になっています。「都立大学」という略字も、10数年過ぎた今では「友の会」という略字に変わっています。

ちなみに、人名で略字になっているのは「福島」だけです。

これは、指点字というものに市民権を与えるきっかけになった人物ということで、記念に残しておいてもいいでしょう。

他にも、もう削除してもいいと思われる略字や、時代おくれの感のある略字がたくさんあります。

「矛盾」の他にも、「心理学」・「学習」・「概念」・「発達」などが、略字区分の一等席を陣どっています。

しかし、だからといって、どんどん変えていったのでは、せっかく覚えた人たちに混乱を与えてしまうので、やむをえない理由があれば別ですが、それは避けたいと思っています。

〈裏話その2〉

どんな言葉を略字化しようかという、言葉の候補選びは、結構楽しい作業でした。

テレビやラジオから聞こえてくる言葉、道や電車の中で聞く言葉、普段はただぼんやりと聞くか、話の流れだけを追っていたのが、その一時期は単語にばかり注意が向き、話の内容をよく聞いていないことがありました。

パーツにこだわると全体が見えなくなるもので、言葉拾いで遊んでいたそのころ、的外れな受け答えをしたことも多々あったことでしょう。

「複雑に入り組んだ単語同士を、瞬時につなぎ合わせて話したり書いたりするというのはすごいことだ。

ましてバイリンガルの人たちの頭の構造はいったいどうなっているんだろう。」などと、改めて考えたものでした。

略字候補として一旦落ち着くべき部屋と座席を与えられた言葉たちも、出たり入ったり移動したりと、その顔ぶれは変わっていきました。

略字にするにはちょっと短すぎるけれど、他の言葉たちとやたらに手をつなぎたがるので、一見価値の高そうな活用語、そして結構長くてあちこちに現れるくせに、付き合いが悪く孤独を好む言葉・・・。

採用基準に戸惑いながら、そんな「帯に短し、たすきに長し」の言葉たちを、あっちへ移したり、こっちへ混ぜたりと、まあ子供のおもちゃ箱状態とでも言いましょうか。

復活を願いながらゴミ箱で待機していた大勢の言葉たちが姿を消していきました。

結局、半年ほどで出入りや移動は禁止することにしました。残った言葉たちも、10数年も経つうちに高齢化して、略字としての役目をあまり果たさなくなったり、めったに姿を見かけなくなったものもいます。

彼らが用いられる時代と場所と人が変われば、それは当然の成り行きと言えるでしょう。

皆様それぞれの用途に合わせて、この拙作を利用していただければ幸いです。

2003年2月13日記す。